「遠く離れた空の下」第2章 – 第10話【白いカラスは存在しない】

マスク ビジネス全般(海外での働き方含む)

ここまでのあらすじ

3社目となるアーセン社・新製品事業部の期待の新製品「キボウ」の担当者のポジションを勝ち取った大和は自分が部長になれると信じていた。しかしながら新製品事業部は派閥争いの中にあり、派閥の長、新製品事業部・事業部長・宇月との関係性が微妙であった大和は部長のポジションをつかむ事に失敗する。意外な人事が発表され本社製品企画部門の部長は事業部長の宇月が兼任する事が発表された。

「マボロシ」担当者

シルエット

大和は激しい怒りを抑える事が出来なかった。他部門では製品企画担当者は部長なのになぜ自分は部長になれないのか納得する事が出来なかった。

大和は意を決して宇月の部屋をノックした。

宇月からは下記の説明があった。

新製品事業部のパイプラインは「キボウ」だけではない。もう一つの新製品「マボロシ」がある。

今回大和が「キボウ」製品企画担当者に決定したが、一方で「マボロシ」の製品企画担当者も必要である。

「マボロシ」の製品企画担当者に黒馬を任命する。

よって新製品事業部には「キボウ」担当者の大和と「マボロシ」担当者の黒馬が並列で存在し、製品企画の知識が深い俺(宇月)が事業部長に併せて製品企画部長を兼任する。

大和はこの説明を到底受け入れる事が出来なかった。

「俺の影響力を最小限にしたいだけなんだろ、宇月。」

大和は心でそう思いながらもなるべく冷静に対応すべきである事はわかっていた。

なるべく冷静に客観的に問いただそうと大和は考えた。

「マボロシ」は発売の過程で問題が発生し発売まで早くても3年はかかるだろう。そもそも発売すらできない(開発中止)に追い込まれる可能性だって否定できない。そんな製品に担当者を置くなんて。

「マボロシ担当とはいったいどんな仕事をするのですか。3年先の新発売に向けて今やるべきこと、やれることはほとんどありませんよね。一方でキボウは発売に向けて課題が山積みですよ。新製品事業部の成功にはキボウの成功が必須です。今やるべき事はマボロシの準備ではなくキボウへ集中すべきことではないでしょうか。」

大和は「キボウ」で今やるべき事を説明しはじめたが宇月の怒声が大和の発言を無理やり止めた。

「お前は俺のいう事を聞けないのか。」

白いカラスは存在しない

カラス

「お前は俺のいう事を聞けないのか。」

なぜこういう言い方しかできないのだろう。

理論立てて質問すると今までのほとんどの上司は理論立てて答えてくれた。

一部答えに窮してこういう回答をしてくる人がいる。

そこに正しい判断がなく自分の利益のために判断するから説明が出来ないのであろう。

「こういう答えをするという事はやはり宇月はまっとうな理由ではなく自分自身のために今回の人事をしたのだな。」

大和はそう確信した。

大和はルフトール空港で宇月に言われた言葉をふと思い出した。

「上司がカラスが白いと言ったらカラスは白いんや。」

大和はなぜか馬鹿らしくなって少し笑ってしまった。

それを見て宇月はさらに激高する。

そのあと何を言われたのかを大和は正直覚えていない。

くだらない事をたくさん言われたような気がするが、大和にとってはもうどうでもよかった。

「とにかく(キボウ)の発売は成功させよう。それが自分にとって最大の切り札になるはずだ。」

大和は決意を新たにした。

宇月

マスク

大和が宇月を尊敬できない理由は二つあった。

一つ目は、宇月は自分の事しか考えていない。もしくはそう見える事であった。

宇月には役員になりたいという野望があった。すでに50代後半になる宇月は役員になることで定年退職というリミッターを外そうと必死で、そのためには部下が三桁(100人以上)いる。といつも公言していた。

「なんで宇月が役員になるために俺が汗を流さないといけないのだ。」

と大和は考えた。そして宇月にとっては、大和が大事に考える「キボウ」も自分が出世するための単なる道具なのだろうと結論づけていた。

「上司の出世は部下の出世。」

宇月ははよくこの言葉を口にした。

そうかもしれない。しかし大和は宇月を尊敬できず宇月の出世を望んでいなかったし、もし宇月が役員になればこれから先ずっと宇月と仕事をしないといけないかもしれないと想像するとうんざりした。

もう一つ宇月を尊敬できない理由は、宇月には製品企画・マーケティングのセンスがまったく感じられない事であった。

「キボウ」担当者になってからは週に1回ほど役員の前で準備状況を説明する機会が出来た。

宇月は自分をアピールするために必ず大和のプレゼンのあとにコメントを加えた。

「キボウの成功のために、立体的・重層的な戦略が必要だ。」

本当に滑稽だと大和は思った。

「立体的・重層的って何なんだよ。」

役員はいつも宇月のコメントを黙って聞いていた。大和はそのコメントが出るたびに下を向いて目を閉じた。

「とにかく、キボウを成功させよう。他のことはあまり考えず仕事に専念しよう。」

大和は帰路に就く山手線でいつも一人車窓から見える街の様子を眺めながら声にならぬ声でつぶやくのであった。

(つづく)

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