ここまでのあらすじ
転職先のアーセン社で期待の新製品「キボウ」製品企画担当のポジションを社内での競争に勝ち掴んだ大和であったが、事業部長・宇月が大和が社内での影響力を強く持つことを嫌い部長のポジションを宇月自身が兼任するという異例の人事が発表された。新製品事業部を取り巻く権力争いに辟易として宇月と距離をとっていた大和であったがこの一件を通じて宇月との関係性は急激に悪化する。一方大和の同僚・黒馬は発売の見込みが薄いと思われる「マボロシ」の担当者に任命される。怒りと落胆を感じる大和であったが新製品「キボウ」を成功させる事が自身の活路を開くであろう事を信じ業務に邁進する決意を固くするのであった。
思惑

大和自身が自覚している最大の弱点。それは自身の感情を隠す事が出来ない事である。
いう事を聞いているふりをするだけでいいのに、大和はそれをする事が出来なかった。
そのため大和は幼いころから困難な状況に陥る事が多かった。
中学入学時、クラスに不良少年がいた。彼は教壇にたち教師の真似をして「起立」「着席」を繰り返し叫びクラスメートを立ったり座らせたりした。中学校入学日の事である。彼の容姿は中学校1年生にして不良そのものであり誰もが従った。大和だけは無視をした。馬鹿らしく感じたし、納得できない事を無理にする事が出来なかった。不良は憤慨し大和は入学式当日にその不良少年と殴り合いの喧嘩となり親が学校に呼ばれることになった。
言う必要のない一言や、ただ無視するだけでいい事を大和は看過できず多くの苦労を経験してきた。
今回の宇月の件もただ宇月のいう事を聞いたふりしておけばいいだけであった。
しかし大和は未熟でありそうすることが出来なかった。
大和は露骨に宇月を避けたし、宇月との対立は社内の誰もが知ることとなった。
大和はそれでも宇月が自分を切ることことが出来ないであろうことを知っていた。
発売直前のこの状況で大和を切ることは「キボウ」の発売に多大な影響を与えるし、大和がもっている専門性や業界内での人脈は強力でアーセン社内で大和は替えの効かない存在であった。
しばらくすると宇月の対立派閥である田中から会議参加依頼が届いた。
田中の部屋に案内された大和は田中から「キボウ」発売をサポートしたいとのオファーを受けたのであった。
オファーの内容は田中のチームの一人を大和の部下にして「キボウ」準備をてつだわせるというものであった。
早くチームを作りたい大和にとって魅力的な話ではあったが田中に近づきすぎるのも危険だと考え丁寧に田中のオファーを断った。
「いつでも困ったら連絡してしてくれ。」
田中は笑顔で答えたのであった。
あいかわらずの権力争いに大和は空恐ろしいものを感じるのであった。
無関係に見えて甚大な変化

取締役以外にとって、この知らせは大きな驚きをもって伝えられた。
アーセン日本支社の成長を支えた社長・クロースが出世し本国へ帰任することが決まったのである。
後任には業界でやはり大手の外資系企業・バルゼ社から今山という人物が入社しクロースの後任として社長となる事が発表された。
大和にとってクロースは自身を採用してくれた人物であったし「キボウ」担当を決めたのはおそらくクロースの意思が強かったはずである。
大和はクロースが帰任することを残念に思ったし、せめて「キボウ」を成功に導くまでは日本にとどまってもらい採用してくれた御礼をしたいと考えた。
一方で製品企画担当者にとって社長はやはり遠い存在であり、大和自身のキャリアには大きな影響を及ぼすことはないだろうと考えていた。
実際この社長交代は大和のキャリアに甚大な影響を与えることになるのであるがこの時の大和には知る由がなかったのである。
また一つ、大和を取り巻く環境は変化しようとしていた。
プレゼント

今思えば大和は大和自身が思うよりも遥かにクロースから評価されていたに違いない。
クロースは帰任前の役員会議で下記の提案を行った。会議の議題の一つが「キボウ」の発売準備状況の報告であったため大和はその会議に参加していた。
「キボウ発売が近づいている。キボウ発売のオペレーションを他国から学ぶ必要があるのではないか。幸いアメリカでは先月キボウが発売された。日本から誰かアメリカに送って発売オペレーション学ばせるべきではないか。」
宇月は自身の子飼いである営業部長の名前をあげたがクロースはそれを無視してつづけた。
「大和が現在製品企画のリーダーだ。大和が行って学んでくるべきだ。行けるか大和。」
大和は鳥肌が立つような思いであった。
海外で短期間でもいいので働いてみたいと考えていた大和にとって、短期間であれUSで仕事をする事は大和にとってここ数年で一番うれしい出来事であった。
「はい。しっかりと学んで日本でのキボウ発売を成功させます。」
大和はゆっくりとした口調でクロースの目を見て答えた。
宇月の事は見ていない。どんな表情をしていたのかも大和は知らない。
2週間後、大和はJFK(ジョンエフケネディ空港)に向かうデルタ航空に乗り込んだ。
USキャリアのフライトを使う日本人は少なく搭乗するとそこはもうアメリカのように感じた。
大和はキボウを成功させる強い決意でデルタ航空に搭乗したのであった。
(つづく)
この物語はフィクションです。登場する人名や会社名などはすべて架空の名称です。



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