ここまでのあらすじ
大きな野心をもってクルフト社からモゾパス社へ転職した大和はチームにも恵まれ担当製品「ダラX」を成功に導き社内での確固たる評価と地盤を得る事に成功し、ベンチャー企業モゾパス社と共に成長する自身を夢見ていた。そんな矢先主力製品のリコールから欠品を起こしモゾパス社はその高い技術力から敵対的買収の対象となる。モゾパス社を買収したのは大和が勤めたクルフト社であった。両社を知る大和は2社を統合するプロジェクト「プロジェクトフジ」のメンバーに任命される。統合のためのロードマップを作りながら「このまま復職していいのか」悩む大和のもとにかつての同僚山田から電話が入る。山田は彼自身が勤めるアーセン社に興味があればアーセン社の新製品部事業部長に会ってくれないかと大和にもちかけるのであった。
私がやりたい事はね

アーセン社は中野駅を降りて一番高層で目立つビルの中にあった。会議室に入り数分で山田が事業部長を連れて入ってきた。
「それでは私はここで。」
山田は忙しそうに会議室を出ていった。
「はじめまして。大和です。」
「話しは聞いているよ、大和さん。私が事業部長の宇月です。」
宇月は50代半ばから後半の大柄な男だった。学生時代にスポーツをやっていたのか体格も良く迫力を感じる関西訛りの強い人物であった。
宇月はよくしゃべる男だった。大和は自分自身の事を聞かれると思って少し心の準備はしていたのだが全くと言っていいほど質問はなく、約30分の面談は事業部の方向性や今後の可能性、彼自身の事を宇月はとうとうと話つづけた。
「私はこの事業部を大きくしてやね、皆を成功させたいと思うとるんや。大和さんもうちに入って一緒に成功しようや。」
宇月の話は情熱的であり大和はアーセンで働いてみるのもいいかもしれないと考えた。
それは大和がこれまでに身に着けたキャリアがアーセン社の新規事業部にフィットしているからであった。
経験と財産

この領域で成功するにはいくつかの能力を身に着けておく必要がある。それは「知識」「経験」「人脈」である。それはおそらくどの業界で働いていても同じである。しかし新規事業部が参入するのは新たな産業エリアであり「知識」「経験」「人脈」を揃えた人材は決して多くはなく、大和自身、自分は業界で5本指に入っているだろうと自負していた。
「知識」はクラフト社で得る事が出来た。クラフト社で担当していた製品には強力な競合品があり、競合に勝つためには深い知識レベルから導き出される成功戦略を策定する必要があった。
そしてその戦略を実行する過程で「人脈」を形成する事が出来た。領域で製品を成功させるためには影響力のあるカスタマー(インフルエンサー)を味方につけて情報発信を継続する必要がある。大和はその人脈を既にクラフト社で築く事に成功していた。
ベンチャー企業で必死に働く中で大和は大企業では得られない「経験」を得る事が出来た。
アーセン社の新製品に関しては開発初期のデータが公表されており新規性が高く成功する確率は高いと感じられた。
いまやモゾパス社はクラフト社に吸収され、クラフトに戻るよりもアーセン社で新製品を担当する方がいいのではないかと大和は宇月の話を聞きながら考えていた。
再び転職すべきかどうか

数日経ってもアーセン社への興味は高いまま、むしろ心が移っていくのを大和は感じていた。
気がかりが一つだけあった。
「再度転職すると次で3社目。俺はこの先また転職を繰り返してしまうのではないか。それでいいのだろうか。」
大和が勤める外資系は転職率が国内企業に比べて高く3社経験する人も多く存在していた。ただし30代で3社目というのはあまりにも早い。
「ジョブホッパー」。
企業を転々とする人達はそう呼ばれ業界で次第に転職しにくくなり、社内でも転職リスクから重責を任せてもらいにくくなる。
クルフト社へ残れば、モゾパス社からの復帰となり誰も自分の事をジョブホッパーとはみなさないだろう。しかし次また短い期間で転職する事になれば大和はジョブホッパーの烙印を押され今後のキャリア形成に不利になってしまう。慎重に考える必要があった。
大和が転職を決意するのであれば、それはアーセン社で「成功」を収める事が必須であった。
「成功さえ収めればきっとアーセン社で長く働く事が出来るし自身のキャリアをアーセンで勤めあげたっていい。そしてもし再度転職する必要が出た時には(それはあまり想像したくないシナリオだが)収めた成功を武器に新たな会社へ転職する事が出来るだろう。」
「俺は成功出来るのだろうか。」
大和は数日かけて自分自身のもっている経験やキャリアとしての財産を考えた。そして確信をもった。
「きっと成功できる。」
大和はその日の夕方宇月へメールを送った。
「正式な面接に進ませていただきたく次のステップに関して教えて頂けますと幸いです。」
いよいよ大和の次なるステージがはじまろうとしていた。
(つづく)


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