「遠く離れた空の下」第2章 – 第18話【覚悟】

椅子 ビジネス全般(海外での働き方含む)

ここまでのあらすじ

この物語はフィクションです。登場する人物や社名などはすべて架空の名称です。

事業部長・宇月との対立の中、新製品「キボウ」製品企画担当のポジションを獲得した大和は発売のオペレーションを学ぶために一時的にUSチームに参画するためコネチカットで働き新たな発見や刺激の多い環境に感動し、いつかは海外で働いてみたいと思うのであった。日本に戻った大和は念願のチーム「キボウ」を立ち上げ日本での発売に向けて邁進する。ところが発売が迫った時に一方のUSからの連絡でアーセン社は混乱に陥る。「キボウ」の価値を最大化するはずであった期待される製品の効果が無効であるとUSの規制当局から指定を受けたのである。日本での販売戦略に関して激しく対立する宇月と大和。大和は宇月の同意が取れないまま役員会議へ向かう。

覚悟

封筒

宇月と喧嘩別れしたまま役員室へ向かう大和は覚悟を決めていた。

「もしも役員会議で提案が却下されたら辞表を書くしかないな。」

アーセン社は大和にとって3社目となる。つまり大和は今まで2度すでに辞表を書いた事があった。

3度目の辞表になるかもしれないと思うと不思議と気が楽になり笑みさえ浮かべるのであった。

「この年で3度の辞表を書く人間って一体どのくらいいるのだろうか。」

大和は心の中で笑うとそれで気持ちがかなり落ち着いた。

「やるしかないな。」

事業部長である宇月と喧嘩別れしていたので役員会議に新製品事業部から誰が参加するかは把握できていなかった。

役員会議は他にも議題があり、「キボウ」の議題が来るまで役員室の前で待機する事になる。役員室には既に新製品事業部から営業本部長と事業部室長が待機していた。彼らは宇月が信頼を寄せる派閥の中心メンバーである。彼らは大和を見ると軽く会釈をしてきた。大和も会釈を返したがそこに会話はなかった。数分して黒馬もやってきた。なぜ黒馬が来たのか少し気になったがそれよりもこれから行うプレゼンに集中するために大和はプリントした資料に目を通す事に集中した。黒馬とも会話はなく「キボウ」の議題が来るまで沈黙が続いた。

「新製品事業部の皆様どうぞお入りください。」

社長室秘書からの呼びかけで部屋に入ると大和は席にはつかず直接スクリーンの前に向かった。

「では大和、はじめてくれ。」

新社長・今山の声は低く乾いていた。

不在

椅子

大和は落ち着いていた。

ベンチャー企業でさまざまな経験をした大和の経験値は大きな組織においては際立って高かった。ベンチャー企業・モゾパス社では毎日のように様々な問題が発生し社長と一緒になりその解決に尽力してきた。モゾパス社内ではこんな言葉が交わされていた。

「何か問題が発生しないと仕事している気がしない。」

笑いながらみなが言うこのセリフがベンチャー企業そのものであった。今回の「キボウ」に関する問題も大和にとってもちろん大きな問題ではあったが大和は慌てることはなかった。

そして何より

「負けるはずがない。」

のである。

大和は自身の提案の前にアーセン社本国のバタフライとは事前に話をして本国の同意を取り付けていたし、どう宇月があがいたところで大和の提案に従うしかないのである。

宇月は自身の組織が縮小する事を恐れているが、だからと言って販売目標を下げる大和の提案は現実的であったし、US 規制当局の判断が日本の規制当局に与える影響を考えると販売目標を維持することは到底無理なのであった。

宇月はこの役員会議には来なかった。

どう考えても大和の提案を覆す事が出来ない宇月にとって唯一出来ることは会議を欠席して決断を先延ばしにする事だけであった。

役員たちからは質問が多く上がったが大和は一つ一つ丁寧に準備していた答えを返した。営業本部長、室長、黒馬は一言も発する事がなかった。

「残念だかキボウの販売目標を大和の提案通り20%下げることにする。」

社長・今山の承認で「キボウ」議題は終了した。

宇月は欠席したが決断を先延ばしにする事は出来なかった。

デスクへ戻ると黒馬がやってきて言った。

「大和さん、会議の討議内容メモしておいたのでメールで送りますね。提案通ってよかったですね。」

「ありがとうございます。厳しい決断ですが議題が通ってよかったです。」

笑顔で黒馬に答えた。

その後田中から部屋に呼ばれフィードバックを受けた。

「大和さん、さすがだね。社長も短時間での準備とプレゼンに感心していたよ。もはや大和さんが事業部の主役だね。」

お世辞とわかっていてもうれしかった。

「一方で複数の役員たちからは大和さんのやり方にコメントがあったよ。どのような状況であれ上司である宇月の承認を得ないまま役員会議にのぞむのはありえないってね。社長は黙っていたけど。私がフォローしておいたよ。」

大和はこのフィードバックの意味を正確に受け止める事が出来なかった。今思えば理解できるが当時の大和はとても未熟であった。

大和は自身過剰になっていた。自分の理論や知識で役員や本国すら動かすことが出来る。と。

本当にこの時に気づくべきであったのは

「謙虚であること」

であったにもかかわらず。

(つづく)

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