ここまでのあらすじ
3社目となるアーセン社はヨーロッパ本国での高い評価とは裏腹にアーセン社日本支部の新製品事業部では熾烈な社内権力争いが繰り広げられていた。事業部長・宇月との関係性が微妙になっていく中での新製品「キボウ」担当者のポジションの座を得るための闘いで大和は最終的に黒馬との闘いを制し、正式に「キボウ」担当者のポジションを獲得するのであった。
黒馬

辞令が出た当日黒馬から祝福の電話があった。
「大和さんおめでとう。これからはキボウの成功のために大和さんのチーム員として頑張るよ。」
電話であったためその表情を伺い知ることはできなかったが、大和にはその言葉は嘘ではないように感じた。そして黒馬のその思いに対して感謝するのであった。
辞令が発表された翌日から多くの社内関連部署のメンバーが大和のデスクへ挨拶に訪れた。
大和のデスクの背中側に黒馬のデスクがあり、挨拶の人が大和のデスクに訪れるたびに黒馬は席を離れるのであった。
そのような状況を大和自身もよいとは考えていなかった。黒馬に対して配慮せねばと考えたし挨拶に訪れる関係者の無神経さにいら立ちすら感じるのであった。
しかしながら大和には黒馬へかけるべき言葉を思いつくことが出来なかった。何を言っても黒馬には嫌味になるのではないか、と考え敢えて何も言葉をかけず、挨拶に来る関係者にはふつうに接することを決めたのであった。
黒馬は宇月とその対立派閥田中が在籍した会社出身者ではなかった。
黒馬は「ガンマ社」からアーセンへ転職してきた。
このガンマ社の主力製品は「イチキ」という製品で当時その領域ではトップを争う製品であった。
この「イチキ」は大和にとって忘れることのできない製品であった。
大和が新卒で就職したクラフト社ではじめて製品担当のポジションを得たその製品の名前は「イチハ」であった。
この「イチキ」と「イチハ」は業界を2分する競合であり、大和は「イチハ」のシェア拡大のために日々ガンマ社の「イチキ」と闘ってきたのである。
つまり黒馬の出身であるガンマ社とかつて大和が在籍したクラフト社はライバル同士であり得意先で両社社員が出会っても口を利かないくらいの競争が現場では繰り広げられていたのである。いわば犬猿の仲であったのである。
幸い大和と黒馬は同じ時期に「イチハ」と「イチキ」で直接対決をしたことはなかった。
大和は黒馬がガンマ社出身であることをまったく気にはしていなかったし、黒馬も同じく大和がクラフト社であることを気にしているようには思えなかった。
新製品事業部拡大

それまで本社機能しか有していなかった新製品事業部であったが「キボウ」の発売目途がたったこと、そして大和が正式に担当者に就任したことでこれから短時間に事業部の拡大に迫られた。
特に激しい競争を勝ち抜くためには営業組織の構築が急務であり、アーセン社は100名規模の営業人員の中途採用を開始した。
業界内での「キボウ」に対する期待値は高く多くの業界関係者がアーセン社へ興味をもったし、何より宇月はさらに自身の派閥を拡大すべく彼の出身社であるガラム社から多くに人員を採用した。
面接は行われたが実際にはガラム出身というだけでほぼ無条件に転職してくる者さえ多くいた。
当然大和はこれ以上宇月に権力が集中することをよしとは思わなかったが、大和は大和で本社製品企画チームを作り、そして「キボウ」発売準備を加速させる必要があったのである。
少数精鋭

大和は辞令を得た直後、社長のクロースに呼ばれ社長室に訪れていた。
そこでクロースから「キボウは任せた」という言葉とともにいくつかのタスクを受けていた。
「大和、(キボウ)を取り巻く競合環境は厳しい。競合各社はさらに投資を続け市場シェアを守ってくることが想定される。我々は競合に勝つために同等の営業人員を投資しなければならない。しかしながら投資も青天井ではない。つまり営業に投資を集中させるという事は他部門への投資は限定的にならざるを得ない。」
クロースは続けた。
「つまり製品企画を含む本社人員の増員は最低限とする。そこで大和、君は【少数精鋭】を目指す必要がある。限られた人数で競合凌駕することが君には求められている。期待している。」
【少数精鋭】
決して簡単なことではない。少数で精鋭を目指すことは実際には難しく、精鋭を少数集めて最大限の効果を目指すしか方法がないことを大和は理解していた。
つまり大和をはじめこれから作っていく「キボウ製品企画チーム」には精鋭を集める必要があるし、大和自身さらなる成長を求められたのである。
大和の「キボウ」発売への準備は今さらなる加速が必要な時期にさしかかっていた。
(つづく)



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