ここまでのあらすじ
この物語はフィクションです。登場する人物や社名などはすべて架空の名称です。
事業部長・宇月やその派閥との対立など様々な障壁を乗り越え掴んだ新製品「キボウ」の製品企画担当ポジション。そして成し遂げた「キボウ」の成功は多くの幸福を大和に運んでくれたのであった。社内での発言力も高まり成功を通して宇月との関係も改善した大和はアーセン本社のあるヨーロッパに宇月と訪れる。プレゼンも成功し久しぶりのUSチームとの再会を楽しむ大和、このまま平穏な時間が続くことを信じて疑わなかったのであった。帰国後の展示会に黒馬と向かう大和に黒馬は会わせたい人がいると告げる。
今にも話し出しそうな口元

梨田。
黒馬が連れてきた彼の名前は梨田という。年齢は50代半ばくらい。
梨田の名前は聞いた事があった。
この業界ではプロジェクトベースで仕事が進んでいくのだが、数年に一度成功するプロジェクトがあり、その時の製品企画担当者は業界内で名前が知れる事になる。梨田はかつて成功したプロジェクトの責任者であり大和はその名前を聞いた事があった。
梨田は思ったより小柄な男だった。ギョロっとしたその目つきは特徴的で説明するのが難しいのだが左目の端が歪んでいる、もしくは波打っているように見える独特の目つきで(眼球自体が歪んで見える)その眼光は鋭かった。
口元はこれから何かを話始める、言葉が漏れてくる直前の口元。その声は高く早口であった。
ポケットには入りきれないくらいのメモ用紙が詰まっていてパンパンに膨らんでいた。
迫力のある男だった。小柄であるがどこか人を寄せ付けないような独特な迫力を身にまとう男であった。
これが大和が最初に梨田に会ったときに抱いた印象であった。
狭い世界

狭い世界。
この業界は人の動きが早くそして激しい。
実際に大和もここアーセン社が3社目であったし、黒馬も梨田も転職組であった。そして転職が多く動きが速いため以前一緒に働いていた人と会社が変わり再度机を並べることも決して珍しい事ではなかった。
黒馬が梨田を連れてきたのも2人はともに働いていた過去があったからであった。梨田の名前が業界に知れ渡ったのは梨田がかつてのヒット商品「イチキ」の製品企画担当者であったからである。そして黒馬はチーム「イチキ」のメンバーであったのである。つまりこの「イチキ」を販売していたガンマ社において黒馬は大和の部下であったのである。
この「イチキ」は大和にとって絶対に忘れる事が出来ない製品であった。
大和が初めて製品企画業務に就いたのがクラフト社でチーム「イチハ」に異動になってからであった。
この「イチハ」と「イチキ」は絶対的な競合でクラフト社とアーセン社は常に熾烈な競争を繰り広げてきたのであった。
当時の大和はチーム「イチハ」の製品企画メンバーではあったが、今担当している「キボウ」のように責任者としてではなかった。梨田は「イチキ」の責任者であり、その事もあってクラフト社内でよく梨田の名前を聞くことがあったのである。
黒馬はガンマ社から転職でアーセンへやってきた。
一方梨田はガンマ社からバルゼ社へ転職した。
このバルゼ社で梨田の上司であったのが、現アーセン日本支社・社長の今山であった。
- ガンマ社 黒馬は梨田の上司
- バルゼ社 今山は梨田の上司
なんとも狭い世界である。そしてこれがこの業界なのだ。
「ついに動きます」

「ついに動きますよ。宇月が退任するという噂があります。そして梨田さんが宇月の後任として新たな事業部長に就任されるそうです。」
梨田と会う直前に黒馬が大和に伝えた言葉を大和は複雑な気持ちで聞いていた。
「梨田さんは宇月と違ってビジネスがきちんとできる人です。梨田さんが入社する前にぜひ大和さんに紹介しておきたくて。」
そしてこう続けた。
「3人で新しい事業部の時代を作っていきましょう。」
大和は尋ねた。
「その噂は本当なのですか。いつですか。」
「いつかはわかりませんが噂は間違いありません。絶対言わないでくださいね。でもこの話は梨田さんから直接聞いたのです。つまり梨田さんは今山社長からアーセンへ入社しろと口説かれてるわけです。」
「で、梨田さんは何とおっしゃってるのですか。」
「まだ何も決めていない。アーセンへ行ってもいいが俺が行くからにはそれなりのポジションを用意しないと行かない。と今山社長に答えたと聞いています。梨田さんは実際まだ悩んでいらっしゃるのだと思いますよ。」
「でもこの話は本当なんです。」
黒馬は大和に念押しするのであった。
(つづく)



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