ここまでのあらすじ
本社企画部へ異動し精力的に仕事に打ち込む大和、しかし他部署での大型新製品発売の影響を受けて商品のライフサイクルの後半にあった大和の担当製品は投資が減らされる事になる。モチベーションの低下を感じた大和ははじめてヘッドハンターの電話に出る。現在企画部門の中途採用を進める2社と面接を行った大和。2社目のモゾパス社に対して好印象をもった大和は遂にはじめての転職を本気で考え始める。
忠誠心
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大学卒業後に新卒で入社したクルフト社では多くの経験を積ませてもらい、社費でビジネススクールにも通わせてもらった。3割くらいの同期はすでに転職をして残ってはいなかったものの、それでも多くの同期が残りキャリアに関して同じような悩みを共有する事も出来た。
大和が入社したのは正確にはクルフト社ではない。大和が入社した外資系企業は繰り返される統合の過程でその名前を消した。その間本社はアメリカやドイツ、イギリスへと移り日本の支社も本社社屋の移動を繰り返した。
若手社員に分類される大和はあまり影響を受けはしなかったが40歳以上の先輩や上司の多くは統合・合併の過程で姿を消した。
クルフトに勤める自分自身に誇りを持ってはいたものの忠誠心はあまり持ち合わせていなかった。
それでもモゾパス社への入社意思を伝える電話をかける際にはとても緊張した。
「ご連絡ありがとうございます。それではオファーレターを送付しますのでお待ちください。」
大和の緊張とは裏腹に電話は事務的に終了した。
安田課長
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大和は安田課長にレポートしていた。安田は大和を含めて3人の部下をもちいまや投資を得られないライフサイクル後半の製品を担当していた。
安田は往年の大型商品の企画担当者で当時40代後半であった。その商品と現在の商品の間には大きな違いがあり安田の企画・プロモーション手法は時代遅れだと大和はいつも考えていた。
大和はそれでも安田の企画を成功させようと必死に働いていたし、その結果投資を得られない事で右肩下がりだった業績はその下降度合を緩めていた。このまま市場シェアをなだらかに下げながらソフトランディングするのが我々の課に課せられた任務であったのだが大和はその事にフラストレーションを感じて度々安田と衝突した。
大和は安田に評価されていない事を感じていたしその事がさらに大和を頑なにした。
クルフトで大和が最後に携わった企画が終わった翌日大和は安田に辞意を伝えた。
「考え直せ。」と何度も言われたが大和の心は決まっていた。
企画本部長であるイギリス人のエキスパッドから最後に呼び出されイグジット・インタビューを受けた際に本部長から「なぜ辞めるのか。」と理由を繰り返し聞かれた。
本部長には「安田が原因なのか。」と何度も尋ねられたが「いいえ違います。ここでは自分自身の成長を見出せません。新たな環境に身を置いて挑戦したいだけです。」と大和は答えた。
安田とは仕事のフィロソフィーに相いれるところはなかったが人間として嫌いであったわけではない。安田も大和も仕事に対して方法論は違うが真摯に取り組んできた。その意味で大和は少しだけ安田を尊敬していた。
クルフト退職の日、大和は安田に赤坂の鮨屋に連れていってもらった。お互い仕事の話は一切せずくだらない冗談やクルフト社員の下世話な噂話などで盛り上がった。12月の中旬、すっかり寒くなった日の事であった。
モゾパス・ジャパン・新製品事業部
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モゾパス社からのオファーは魅力的なものであった。大和に与えられた役職は「次長」であり新製品事業部のNo.2のポジションであった。事業部長の告川も大和の2つ年上という若手でベンチャー企業らしく社員の平均年齢はクルフト社に比べると遥かに低かった。
オフィスのある溜池山王Dビルは都会的で洗練されていてちょうどクリスマスをまじかに控える時期で美しくライトアップされていた。
モゾパス社での初日は人事担当者から簡単な会社諸規定の説明がありすぐにチームを紹介された。私の部下になる2人の社員は既に12月1日付けで入社をしていて彼らも新たな上司である大和と緊張しながら挨拶を交わした。
ベンチャー企業であるモゾパス社はまだ全社員の数が100名ほどしかおらず大和が所属する新製品事業部は全員で約15名のチームである。本社勤務が事業部長と大和を入れて5名、残り10名が営業員であった。当然オフィスはここ東京にしかなく支店や支社は存在せず営業員はそれぞれ勤務地の自宅や共有オフィスで内勤をしながら得意先を訪れていた。数千人規模のクルフト社とはずいぶんと違う雰囲気に大和は少し不安を感じていた。
事業部長の告川は大手企業サントラスト社の元企画担当者でありよくしゃべりよく笑う人物であった。入社初日の夜、溜池山王のおでんやでささやかな歓迎会が行われた。
大和の部下は木島と向井と言い、木島は大和が今回面接したもう1社の出身であった。向井はイギリスの大学を卒業後UKで就職し帰国後新たにチームに加わったらしい。大和と同じ告川にレポートする下田は企画ではなくオペレーションを担当し、元々はサントラスト社で告川の先輩だったらしい。
「この5人で新製品を成功させて来年には10人に、そしてチームを大きくしていこう。」
告川の決意で会は終了した。
ベンチャー企業には新卒社員はいない。皆が何らかの理由をもって転職を決意しここに集まっている。皆表向きの理由と人には言えない理由を持っている。
告川や下田、向井や木島にもいろいろな理由があるのだろう。
大和は5人だけの歓迎会の最中ずっとそんなことを考えていたのであった。
(つづく)
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