ここまでのあらすじ
この物語はフィクションです。登場する人物や社名などはすべて架空の名称です。
新製品「キボウ」の成功によってすべては上手く行くかに思われた大和のキャリアであったが社内の環境は大きく変わろうとしていた。一旦は役員に就任した宇月であったが間もなくして相談役となる。実質的な引退を意味する宇月に替わって梨田が事業部長に就任する。周りが昇格していく中で自分だけ取り残される事に怒りに近い不満を感じる大和であった。
当たり前のことを言うんだな
相談役に就任した宇月はそれ以降出社してくる事はなかった。
役員会議には出ているようだが会議の前後で新製品事業部のあるフロアに顔を出すこともなく大和も実際それ以降二度と宇月を見ていない。
新製品事業部のすべての権力は今梨田の手に移ったのであった。
梨田は営業本部長と兼任し宇月が兼任していた製品企画部長も兼任した。さらに社長・今山とはかなり近い関係性にあり宇月の頃よりも遥かに強大な権力を手にしたのであった。
宇月について来た宇月派閥のメンバーは不安な気持ちであっただろう。それでも必死に新たなリーダーである梨田に気に入られようと必死な様子であった。
大和はその様子を冷ややかな目で観察していた。
そして大和自身は相変わらず自分が信じる事を実行し発言もした。
”誰が上司になろうと事業部長になろうとやるべき事は変わらない。このタイミングで部長になれなかったのは正直不満だが仕方ない。とにかく目の前の事をやるしかない。”
そう考えていた。
元部下の黒馬の上司に大和を置くことを梨田は嫌がったのかもしれないと思った。
黒馬と梨田は前ガンマ社時代からの師弟関係であり、黒馬を本当は部長にしたかったのかもしれない。しかし大和は「キボウ」成功で確固たる評価を得ていたし梨田もそれを無視して黒馬を部長にはできなかったのであろう。
そう考えると大和は梨田に尻尾を振るべきだった。
しかし大和はそういう行動をとる事をとても苦手としていた。
「フォロワーシップが大事だよ。」
と周りからも言われたが、無理して胡麻をする気持ちはまったく持たなかったのである。
それでも梨田、黒馬と3人で飲みに行く機会は多かった。
本社製品企画部門の主要メンバーである3人は仕事上最も密に仕事をしないといけないし大きな会議の後には打ち上げを兼ねて飲みに行くのである。
「顧客のために。」
梨田は口癖のようにこの言葉を発した。
“当たり前の事を言うのだな。”
大和は黙って聞いていた。
梨田が顧客のためを思って働いているかどうかはこれからの梨田の行動を観察すればすぐにわかる。大和はそう考えていた。
素晴らしいリーダー
アーセン社新製品事業部には100名を超える営業部員が在籍した。前宇月事業部長時代に採用された営業部員が多く宇月の前進であるガラム社出身社が多く特に営業課長や営業部長はすべて宇月派閥のメンバーである元ガラム社社員が務めていた。営業組織は宇月帝国の名残を残す聖域であった。
本社製品企画、特に「キボウ」の本社機能や製品企画業務を理解した梨田は本社の業務を大和に任せ全国行脚を始めた。
「キボウ」は相変わらず順調であった。当初の予測を上回る売り上げを記録し続けた。その結果事業拡大が決定しさらに20名の営業部員の増員が決定していた。
梨田は全国で面接を行うため各地を回った。
しばらくして20名の営業部員が入社した。そのほとんどが梨田や社長・今山の前進であるバルゼ社社員であった。梨田や今山が引き抜いたのかもしれない。そう噂された。
この20名が入社したのちも梨田は日本各地の支店をまわって営業部員と会議を行った。
「アーセン社新製品事業部は顧客のためにある。顧客のために仕事をしよう。」
ここでも梨田は繰り返し発言した。
営業部員はこの言葉に感動した。
「顧客を思って仕事するなんて素晴らしい。今までは数字市場主義で結果ばかり言われたが顧客のことをこんなに思って強調する梨田さんは素晴らしい。素晴らしいリーダーが就任されたのだ。」
営業部員は皆梨田の言葉に感動し梨田を素晴らしいリーダーだとみなした。
梨田に対する称賛の言葉を営業部員から聞くたび次第に大和は懐疑心を持つようになっていった。
”本当に顧客の事を思っているならばなぜバルセ社の前職において規定違反を犯したのだろうか。そしてなぜ追われるように転職してアーセンに来たのだろうか。降格しても顧客のためを思うなら転職する必要はなかったはずだ。”
大和は言葉と行動が伴わない人を信じる事が出来なかった。
”梨田の言葉に裏がないといいが。”
大和は不安を感じるのであった。
（つづく）
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