「遠く離れた空の下」第2章 – 第13話【宇月は事前に資料を見ない】

デルタ航空 ビジネス全般(海外での働き方含む)

ここまでのあらすじ

この物語はフィクションであり登場する人名や社名などはすべて架空です。

欧州の中堅外資系企業アーセン社に転職した大和。質実剛健とした経営と人に優しい会社として知名度の高いアーセン社であったが大和が配属された新製品事業部は派閥争いが激しく、派閥から距離を取る大和は次第に事業部長・宇月との関係を悪化させていく。社内での競争を勝ち抜き新製品「キボウ」製品企画担当のポジションを得た大和であったが宇月の策略により部長職には就けず憤慨する大和。その最中発表された社長クロースの本国帰任。クロースからの命でUSチームに参画した大和は新たな発見や学びの日々の中で海外で働く事を夢見るのであった。いよいよ帰国の日。大和は成田行きのデルタ航空に乗り込んだのであった。

機内にて

デルタ航空

機内に乗り込むと大和はパソコンを開いた。成田到着までに資料をまとめプレゼンスライドを完成させる必要があったからである。

アーセン日本支社では毎月役員会議が開催された。終日会議の後半は各プロジェクトからの議題を役員会議にあげる事が出来る。帰国して翌々日の役員会議に大和は自身のUSビジットから得た日本の「キボウ」発売プランアップデートを議題応募してプレゼンの機会を得ていた。

プレゼン準備のための時間をもっと確保した方がいいのは明白であったが大和にはプレゼンを急ぐ理由があった。

もし翌月の役員会議にかけるとなると1ヵ月以上の時間がある。準備するには余裕がある。

しかし役員会議に臨む前に事業部長であり上司である宇月のレビューを得ないわけにはいかない。宇月に資料を見せるとどうせ見当違いな指摘しかしてこないし、そのために自分の時間を消費するのだけは避けたかった。

そして資料の中にある大和からの提案を宇月がつぶしてくるかもしれない。今回のプレゼンは大和にとって重要な提案が含まれていた。

渡米前に大和は宇月に話をし帰国後すぐに役員会議でプレゼンすることの了承を得ていた。

「資料は機内で作成し成田到着後すぐに送付しますのでお目通し願います。」

「大和も大変やなぁ。わかった。メール見とくわ。」

宇月がスライドを事前に見ない事を大和は知っていた。

いつも役員会議のプレゼンは宇月の目の前でドライラン(予行)させられた。

「練習になるからええやろ。」

と宇月は言うがそれは宇月自身がプレゼン内容を知っておくためであった。宇月は面倒くさいのか自身でスライドや資料を見ることはなかった。

これが上司に対する適切なコミュニケーションでない事は大和自身十分わかっていたが「キボウ」発売準備を邪魔されるのだけは嫌だと考えていた。

機内でパソコンに向かう大和にキャビンアテンダントは頻繁に声をかけてくれた。コーヒーや軽食をすすめてくれるのである。

「仕事をしている人には優しいんだな。」

大和が資料を完成させるとフライトは残り2時間ばかりとなっていた。

役員会議

会議室

USチームに参加した事で得られた課題は大きく2つあった。

「初期不良」に対するオペレーションにおいてUS では想定外の対応が必要とされた。日本においてもその「想定外」のトラブルに対する対策を事前に用意しておく必要性がある事を大和は力説した。準備には追加投資が必要となったが、大和はその資金を本国の最高製品責任者・バタフライから融資を受ける承諾を得ていた。USにいる最終日に大和はバタフライと電話会議を行い了承を取り付けていたのである。アーセン社はEU に本社をおくグローバル企業であったがその売り上げ規模で言うとUSが最も大きく次に大きな市場を持つのは日本であった。「EU5」と当時言われたUK、ドイツ、フランス、イタリア、スペインを合算してもマーケットは日本に及ばずアーセン社にとって日本はアメリカを並び絶対に勝たなければならない市場でありバタフライもサポートを約束してくれた。

もう一つが「追加研究」に関する投資である。

「キボウ」を発売後USでは実際に「キボウ」を使ったユーザーから当初想定していた使用方法とは違った使用方法で思わぬ効果を発揮した事が報告された。しかしこの「隠れた効果」は発売にあたる品質検査や規制当局の審査を得ていないので実証研究を実施する必要があったのである。ケビンはじめUSチームはこの実証研究に積極的であったが実証研究には相当な額の投資とサンプルが必要とされた。最大の市場を持つUSですら一か国で実証研究を実施する事は難しくケビンはバタフライに協力依頼をしたがバタフライはいまだ首を縦に振ってはいなかった。

「大和、君の助けが必要だ。バタフライと本国を動かすにはUSと日本が実証研究の必要性をワンボイスで届ける必要がある。日本を動かして欲しい。」

ケビンとはUS滞在中この議題に関して多くの時間を費やしていた。大和自身も実証研究には賛成であり、ケビンとともにビジネスケースを用意していたのである。ケビンのスタッフであるスミスは大変優秀な人物で大和が作ったビジネスケースの数字回り(PLなど)を頑健性の高いものに仕上げてくれた。

「初期不良」に関する案件でバタフライと話しをした際にもちろん実証研究に関する話をバタフライに行った大和であったがバタフライは曖昧な返事しか返してくれてはいなかった。

この役員会議は現社長クロースにとって最後の役員会議、そして新社長・今山にとって最初の役員会議であった。社長交代において重要な決断を行うのは難しい事を大和は承知していた。しかし「キボウ」の3年後、5年後の価値を高めるために必要な投資であることを大和は力説した。

残念ながら「追加研究」実施の承認を得ることはできなかった。しかしながら大和を中心とするプロジェクトチームを作りディスカッションを続ける事が了承された。

「上出来だ。」

大和は思った。

宇月は大和が考えたとおり資料に目を通していなかったからか終始無言であった。眠そうな目でスクリーンを眺める宇月の顔を見てやはり上出来だと大和は思った。

(つづく)

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